気がつけば、街の風景もすっかり変わってしまった。
久しぶりにアルバムを開くと
あの頃の時代と記憶が鮮やかによみがえってくる。
百貨店〝丸物〟が懐かしい! 開発工事で変りゆく喧騒の中の東口
「あ! パルコの建物にMARUBUTSUの看板だ。思い出深いですね」。
三越(現ヤマダ電機)の屋上から見渡した駅東口のパノラマだ。
今若者で賑うファッションビル・パルコの前身が、京都発祥の百貨店・丸物だった。
高度成長期の真っただ中、池袋は駅前再開発の大規模工事で喧騒に包まれていた。
あれよあれよと街の景観が一変した時代だった。
東口ロータリーの主役だった! 最盛期に見る〝都電〟の勇姿
「銀座へ遊びに行くのも都電でした」。
再開発で見違えるように整備された東口の夏のひとコマ。
数寄屋すきや橋ばし行きの都電が停車中だ。この頃、人々の足は主に都電だった。
しかし、41路線に及んだ都電は、渋滞緩和のため同年12月から順次廃止され、姿を消していった。
消えゆく〝美人街〟。取り壊される都心最後のヤミ市の輝き
「美人街の細い路地が気に入っていました」。
戦後17年目の西口に残っていたヤミ市の一角だ。トリスバーやおでん、美人街の看板が見える。
終戦直後、西口に軒を連ねた200余りの店舗群の半数は、飲食店が占めた。
この日、雑然とした平屋建ての背後には、大型ビルが工事の足場で囲まれていた。
同年末、都心に最後まで残った池袋のヤミ市はすべて取り壊され、姿を消した。
白黒写真は、写真家の松井一彦氏と高木進一氏が撮影 豊島区立郷土資料館提供
カラー写真は、プラスライフ記者撮影
人情味あふれる街で、自由な暮らしを楽しめる 西武有楽町線「新桜台」駅から徒歩7分、西武池袋線「桜台」駅からは徒歩11分と、2駅2路線が利用可能。徒歩圏内にスーパーマーケットやコンビニ、郵便局など生活利便施設がそろい、暮らしやすい環境です。 ...